電報 結婚式の実現
行を変えて、「さて」ということばを置いて(「さて」ではなく「さっそくですが」ということもある)、用件を、手短に、要領よく書く。
主文が終わったら結文に移る。
これは、終わりのあいさつ(A)、結びのことば(B)、日付(C)、署名(D)、あて名(E)の順になる。
「右お願いのみ申し上げました。
どうぞよろしくお願いします。
変わりやすい季節ですから、くれぐれもご自愛のほど祈り上げます(A)敬具(B)三月十日(C)Y(D)Y様(E)」この最後の三つ、日付、署名、あて名がこの順に書かれている手紙がひじょうにすぐなくなってしまった。
正しくこのように書ける人は、十人に一人あるかなしかではなかろうか。
あて名を署名の前にしたり、日付を最後にもってきたり、書かなかったりする。
女性は「敬具」の代わりに「かしこ」と書いたものだが、いまの人は「かしこ」ということばも知らない。
はがきは手紙ではないから、「拝啓」はいらないし、「敬具」もつけない。
他見をはばかるようなことは書かないのが礼である。
書いては相手に失礼になる。
日本人は、自分の名を大切にしないのではないが、しっかりした署名をしない。
このごろはパソコンなどで打った手紙では、自分の名前までプリントしてしまう。
これはたいへんいけないことで、肉筆の署名もないものは信書として認められない。
ほかが全部印刷されていても、署名は肉筆にかぎる。
年賀状を見ても、この自署がいかにおろそかにされているかがよくわかる。
差出人の住所氏名をすべて印刷してあるのが、ほとんどである。
年賀状はいわばチラシのようなものだから、署名などいらない、といわれるかもしれないが、手書きの名前があるとないとではたいへんな違いである。
年賀状を印刷するとき、住所の横、氏名のところを空欄にすればよい。
このごろ住所印を用いる人がすぐなくないが、やはり、全部を印にしてしまっていて、署名はない・名前のところを空欄にした印にすればよいのである。
そして、署名はできるだけりっぱな字にしたい。
字の下手な人はしかたがないが、せめて自分の名前くらいは美しく書くように心がけるのがたしなみだ。
判。
を使わず、サインひとつで、銀行から金をひき出すことのできる外国の人たちは、いつも同じようなサインができないと一人前として通用しない。
まねられては面倒だから、欧米人のサインは、読みにくい、読めないことがある。
それでサインの下にタイプした名前をそえるのが普通になっている。
しっかりした署名ができるようになるには個性というものがはたらく。
署名を大切にしたい。
若い人はほとんど横書きである。
パソコンなどで打つにはそのほうが便利だということもあるが、なんとなく横書きのほうが高級、新しいように感じているのである。
事務の書類、通信もすべて横書き、例外なく横に書いてあるが、もとはそうではなかった。
官庁の文書はすべて横書きである。
そうでなくてはならない理由がある。
昭和二十七年に内閣訓令で、公文書は横書きとすること、と命じたのである。
公文書の縦書きはない。
官報というのは公文書ではないのだろう。
大昔から、縦書き、縦読みをしてきた。
かつて横書きにしようと考えたことはなかった。
それが戦争に敗けて、外国のようにしようと考える人がふえたのか、あっという間に、横書きがひろまった。
学校で使う検定教科書も国語をのぞけばすべて横組みになっていた。
その国語の教科書でも何年か前に横組みのものが検定に合格した。
いまは横組みの教科書で国語を勉強するこどもがいるはずである。
さすがに、まだ短歌、俳句を横に書く人はあらわれていないようだが、小説はすでに、横組みの作品がいくつも出ている。
俳句や短歌だってそのうち横に書く新人があらわれないともかぎらない。
時代の先端を行くように思われている新聞、週刊誌、一般読者を対象とする月刊誌がそろって縦組みを続けているのはおもしろい。
なにが、これらをして保守的にさせているのであろうか。
もともと、日本の文字、漢字は、縦に書き、読むようにできているのである。
とくに読むものにとって、縦がよいようになっている。
文字を読むには、視線と直角に交わる線が手がかりになる。
縦に読むことばでは、横線で文字を識別する。
日本語と九十度違うけれども、文字構造の原理はまったく同じである。
つまり、日本語を横にして、横から読むのは文字構造の基本に合わないことをしているのである。
欧米では、文字を縦にならべて、縦に読もう、などという酔狂なことを考える人は出なかったが、日本では、立っていなければいけないものを、寝させてしまった。
立っている牛や馬を寝させるのとは、わけが違う。
ことばの心ともいうべきものが変わってしまう。
それを考える人がほとんどなかったのである。
とても、言霊のさきはう国妙などといえた義理ではない。
試しに、横組みになった文章と縦組みになったものとを読みくらべてみると、縦読みのほうが疲れない。
そのはずである。
目が楽をしているからで、本来の性質にさからって横から読めば、目の疲れは大きくなるはず。
目が疲れる、疲れないの問題だけではない。
立ったことばと、寝たことばでは、同じ日本語でも、語感が違う。
すくなくとも、ことばのセンスをもった人間なら、それを見のがすことはないはずである。
古池やかわづ飛び込む水の音これを寝させて、横組みにしてみると、古池も、かわづも、水の音も微妙に変わる。
すくなくとも、俳句をつくろうとするくらいの人であれば、その変化に無関心であるわけがない。
新傾向好みの俳人でも、横書き俳句を試みようとしないのは当然のことである。
歌人も同じ。
詩歌をつくるというのではない一般の人間にとっても、ことばが立っているのと、寝ているのとの違いがわからないというのでは心細い。
近ごろ、美しい日本語を大切にしたいという人がふえている。
立っても、寝ても、かまわない、というようでは、美しいことばを口にする資格はない。
横書きになった日本語より、縦書きの日本語のほうが美しいと感じられなくてはウソである。
昔から受けつがれてきたことばの感覚は、いまなお、消えているわけではない。
ことばのたしなみのある人なら、これくらいのことは心得ていたい。
家庭でも、学校でも教えることができないから、自分で体得するほかはない。
ことばは人なり、という。
ことばの美しさの感覚を身につけた人は、心豊かな、美しい人間であるとしてよい。
仕事の上では、横書き横読みをしなくてはならないが、自分の自由のきくところでは、ことばは立たせる。
日記がそうである。
手紙も私用なら縦書きにする。
そして、なるべく手書きがいい。
機械の書いた文字をありがたがるのは幼稚である。
大人は、自分なりのスタイルをもった、自分のことばで書くのでなくては一人前とはいえない。
ふたいろの呼び方があってわずらわしい。
ことしは何年だったかと思って、ふっと迷うことがある。
二○○八年が出てこなくて、平成八年といったり、逆に二○一八年と口ばしったりする。
年をとった人だけでなく、若い人でもうっかりすれば間違う。
新聞でも、「平成二○年(二○○八年)二月一日」と表記しているのもあるが、多くは、「二○○八年(平成二○年)二月一日」としている。
二重表記であるのは同じだ。
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